「賃上げをすると税金が戻ってくる」という話を聞いたことがあるかもしれません。その制度が賃上げ促進税制です。企業が前年度より給与等の支給額を増やした場合に、その増加額の一定割合を法人税(個人事業主は所得税)から差し引ける(税額控除)仕組みです。ただしこの制度は、対象企業の規模ごとに枠組みが分かれ、しかも年度ごとに内容が見直されてきました。このコラムでは、中小企業庁と経済産業省が公表している最新のガイドブック(中小企業向けは令和8年5月1日更新版、全企業・中堅企業向けは令和8年6月15日公表版)をもとに、「いつの事業年度の話か」を明確にしながら整理します。

まず押さえる3つの枠組みと、適用期間

賃上げ促進税制には、中小企業向け、中堅企業向け、全企業向け(主に大企業が使う枠)の3つがあり、併用はできず、いずれか一つの選択適用です。法人の適用期間は、原則として令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度です(個人事業主は令和7年から令和9年の各年)。ただし、令和8年度税制改正で全企業向けは令和7年度末をもって廃止されました。そのため、2026年4月1日以降に開始する事業年度(以下、令和8年度分)で使えるのは、中小企業向けと中堅企業向けの2つだけです。過去の年度の事業年度については当時の要件が適用されるため、「何年度開始の事業年度か」で確認することが欠かせません。

中小企業向け — 1.5%増で15%、2.5%増で30%

中小企業向けの対象は、青色申告書を提出する中小企業者等(資本金の額または出資金の額が​1億円以下の法人など。ただし前3事業年度の所得金額の平均額が​15億円を超える法人は対象外)または、常時使用する従業員数が​1,000人以下の個人事業主です。要件は「全雇用者」の給与等支給額(雇用者給与等支給額)で判定します。前年度と比べて​1.5%以上増えていれば増加額の​15%、​2.5%以上増えていれば​30%を税額控除できます。

注意したいのは教育訓練費の上乗せです。教育訓練費が前年度比​5%以上増え、かつ給与等支給額の​0.05%以上ある場合に控除率を​10%上乗せする措置は、令和7年度末をもって廃止されました。この上乗せが使えるのは、法人では令和6年4月1日から令和8年3月31日までの間に開始する事業年度(個人事業主は令和7年、令和8年)までです。したがって中小企業向けの最大控除率は、令和8年3月31日までに開始する事業年度では​45%でしたが、令和8年度分(2026年4月1日以降開始)では​35%が上限になります。古い年度の「最大​45%」という数字を、現在の制度として読まないよう注意が必要です。

中小企業者等の範囲には例外もあります。たとえば、発行済株式の総数の2分の1以上を同一の大規模法人に保有されている法人や、3分の2以上を大規模法人に保有されている法人などは、中小企業者等から除かれます(みなし大規模法人)。逆に、資本金や出資金のない法人は、常時使用する従業員数が​1,000人以下であれば対象になり得ます。また、控除額の上限である「法人税額の​20%」は、調整前法人税額をもとに計算されます。自社が対象に当てはまるかどうかは、資本金だけでなく株主構成や従業員数でも変わるため、ガイドブックの対象者チェックが欠かせません。

中堅企業向け — 判定は「継続雇用者」、令和8年度分は最大30%

中堅企業向けの対象は、青色申告書を提出し、常時使用する従業員数が​2,000人以下の法人または個人事業主です(支配関係のある法人との従業員数の合計が​1万人を超える場合などは除きます)。中小企業向けと違い、賃上げ率の判定には「継続雇用者」(前事業年度と適用事業年度の全ての月に給与の支給を受けた国内雇用者)の給与等支給額を使い、控除額の計算には全雇用者の増加額を使います。

控除率は事業年度によって異なります。令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始する事業年度では、継続雇用者の給与等支給額が前年度比​3%以上増で​10%、​4%以上増で​25%となり、教育訓練費の上乗せ(前年度比10%以上増などで5%)と、子育てとの両立・女性活躍支援の上乗せ(プラチナくるみん認定等で5%)を合わせて最大​35%でした。これに対し令和8年度分(2026年4月1日から令和9年3月31日までに開始する事業年度)では、​4%以上増で​10%、​5%以上増で​15%、​6%以上増で​25%と段階が組み替えられ、教育訓練費の上乗せはなくなり、認定による​5%上乗せのみで最大​30%となります。なお、資本金​10億円以上かつ従業員数​1,000人以上の法人は、マルチステークホルダー方針の公表と届出が別途必要です。

大企業向け(全企業向け)は令和7年度末で廃止

全企業向けは、青色申告書を提出する全ての法人・個人事業主が使えた枠組みですが、令和8年度税制改正により令和7年度末で廃止されました。最後に適用できたのは、法人では令和6年4月1日から令和8年3月31日までに開始する事業年度(個人事業主は令和7年、令和8年)です。その期間の控除率は、継続雇用者の給与等支給額の増加率に応じて​3%以上で​10%、​4%以上で​15%、​5%以上で​20%、​7%以上で​25%とされ、教育訓練費と認定の上乗せを合わせて最大​35%でした。従業員数​2,000人超の大企業は、令和8年度分以降、この税制による控除は使えなくなっています。

企業にとってのメリットと、使うときの注意

メリットの本質は、賃上げに伴うコスト増の一部を、納める税金の減少でまかなえる点にあります。たとえば中小企業が給与等支給額を​1,000万円増やし、要件を満たせば、その​15%から​35%に当たる金額を法人税額から直接差し引けます(ただし法人税額の20%が上限です)。補助金と違い、賃上げと申告の手続きだけで使える点も特徴です。一方で、税額控除は「納める税金がある」ことが前提です。赤字で法人税額が小さい年度は控除しきれない場合があり、中小企業向けには5年間の繰越措置が用意されています。また、判定に使う給与等の範囲(役員や役員の特殊関係者は国内雇用者に含まれないなど)には細かい定めがあります。

賃上げ促進税制は、企業の賃上げを後押しする代表的な政策税制ですが、年度ごとに姿を変える「動く制度」です。自社に当てはめる際は、まず事業年度の開始日を確認し、その年度に対応する版のガイドブックで要件と控除率を確認してください。本コラムの数字は、2026年11月6日時点で公表されている中小企業庁ガイドブック(令和8年5月1日更新版)と経済産業省ガイドブック(令和8年6月15日公表版)に基づきます。

手続きの面では、税額控除を受けるために事前の申請や認定が必須という制度ではありません。確定申告の際に、控除に関する明細書などを申告書に添付して提出するのが基本です。ただし、認定による上乗せを使う場合は、くるみん認定やえるぼし認定(2段階目以上)といった、厚生労働大臣の認定そのものが前提になります。認定を持っていない企業が上乗せ分まで使おうとすれば、認定取得の計画も含めた準備が必要になります。制度の利用を検討する際は、賃上げの決め方(定期昇給とベースアップの区別は問われません)と給与計算の集計方法を、事業年度の早い段階で整えておくことが実務上の要点です。

出典(3件)