「自社株買いを実施し、ROEの向上を目指す」。決算発表や適時開示でよく見かける一文です。ところが、自社株買いをしただけでは、その会社の利益は​1円も増えません。それでもROEは上がります。このコラムでは、なぜそうなるのかを計算の仕組みから読み解きます。

ROEは「利益÷自己資本」

ROE(自己資本当期純利益率)は、企業が株主から預かった元手でどれだけ利益をあげたかを見る指標です。日本取引所グループ(JPX)の用語集は「当期純利益を、前期及び当期の自己資本の平均値で除したもの」と定義し、純資産の部の合計から新株予約権や非支配株主持分を除いた自己資本を「元手」として、1年間でどれだけの利益をあげたかを見る指標だと説明しています。

ポイントは、ROEが「割り算」だということです。割り算の答えは、分子の利益が増えても、分母の自己資本が減っても、どちらでも大きくなります。自社株買いが効くのは分母の方です。

自己株式は「純資産のマイナス項目」

自社株買い(自己株式の取得)で会社が自分の株式を買い戻すと、払った現金の分だけ純資産が減ります。貸借対照表の純資産の部では、自己株式は株主資本の「控除項目」として表示されるためです。つまり自社株買いは、会社の資産(現金)を株主に返し、その分だけ自己資本を細らせる取引だといえます。

数字で確かめてみましょう。当期純利益​100億円、自己資本​1,000億円の会社なら、ROEは​10%です。この会社が​100億円の自社株買いをすると、自己資本は​900億円になります。翌年の利益がまったく同じ​100億円でも、ROEは約​11.1%に上がります。利益は増えていないのに、指標だけが改善するわけです。

なお、実際のROE計算では期首と期末の自己資本の平均値を使うため(JPXの定義)、自社株買いの時期によって効き方は変わります。また、同じ仕組みで​1株当たり当期純利益(EPS)も上がります。発行済株式数(自己株式を除く)が減るため、利益を分け合う株数が少なくなるからです。

実際の開示 — 数千億円規模の取得枠が並ぶ

自社株買いは机上の話ではなく、いま上場企業が巨額の枠を設定して実行している施策です。代表的な開示を2つ挙げます。

どちらの開示も、目的の筆頭に「資本効率の向上」を掲げています。ここでいう資本効率の代表的な物差しがROEであり、自社株買いが「分母を細らせる」ことで効率の数字を押し上げる構造が、開示の文面の背景にあります。

背景にある東証の要請

自社株買いが増えた背景の一つに、東京証券取引所の要請があります。東証は2023年3月31日、プライム市場とスタンダード市場の全上場会社に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を通知しました。資本コストや資本収益性を把握し、改善計画を策定・開示して、投資家との対話で更新していく継続的な取り組みを求める内容です。

東証の公式ページは、この要請の文脈で「自社株買いと増配は、資本収益性を改善する有効な手段と考えられる」と明記しています。同時に、一時的な対応だけで済ませるのではなく、持続的に企業価値を高める取り組みを求めている点も読み取れます。

増配と並ぶ、もう一つの還元のかたち

株主への還元には、自社株買いのほかに配当(増配)があります。東証の公式ページも「自社株買いと増配」を並べて、資本収益性を改善する手段として挙げています。両者は似ているようで、効き方が違います。配当は全株主に現金を渡す方法で、自己資本は配当した分だけ減りますが、株式数は変わりません。自社株買いは、応じた株主から株式を買い取る方法で、自己資本と株式数が同時に減ります。そのため自社株買いには、ROEに加えてEPS(1株当たり利益)も押し上げる効果があります。

自社株買いの実施方法にも違いがあります。リクルートホールディングスの開示では、取得方法は東京証券取引所での市場買付と、立会外買付取引(ToSTNeT-3)の併用とされていました。市場で少しずつ買う方法と、あらかじめ決めた価格でまとめて買う方法を使い分けるのが一般的です。取得した自己株式をどうするかも会社の判断で、保有し続ける会社もあれば、消却して発行済株式数そのものを減らす会社もあります。

試算の裏側 — 利益が減る年には逆になる

分母の効果は、利益が悪化する年には見え方が変わります。先ほどの会社(利益100億円・自己資本1,000億円)が​100億円の自社株買いをした翌年に、景気悪化で利益が​50億円に半減したとします。ROEは​50億円÷​900億円で約​5.6%です。自社株買いをしなかった場合の​5.0%(50億円÷1,000億円)よりは高く出ますが、「ROEが前年の​10%から下がった」こと自体は変わりません。自社株買いはROEの水準を少し底上げするだけで、稼ぐ力の悪化を覆い隠すことはできないのです。

逆に言えば、ROEの改善が続いている会社では、利益の伸びと自社株買いの両方が効いている可能性があります。どちらの寄与が大きいかは、決算短信で当期純利益と自己資本の推移を並べれば切り分けられます。

なお、枠と期間にも注目してください。リクルートの取得期間は約1年、キオクシアの取得期間は2026年7月3日から2027年6月30日までと、どちらも最長で1年ほどに設定されています。枠いっぱいまで買えば効果は最大になりますが、実際にどれだけ取得したかは、その後の進捗開示や次の決算で初めて分かります。発表時の金額の大きさだけで判断せず、実行された金額を追うことが大切です。取得の途中で株価が上がれば、同じ金額でも買える株数は減り、分母を縮める効果は小さくなります。

「ROEが上がった」ニュースを読むときの注意点

自社株買いによるROEの上昇は、会計の仕組み上は間違いではありません。余剰な現金を株主に返し、資本構成を適正化する判断は、株主還元として正当なものです。一方で、数字の読み手としては、次の点を切り分けて見る必要があります。

ROEは便利な指標ですが、割り算である以上、分母の操作でも動いてしまいます。「ROEが改善した」という発表を見たら、利益の伸びと自己資本の変化の両方を決算短信で確かめる。それが、この数字との正しい付き合い方です。

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